☆墨俣城(一夜城)の歴史を訪ねる。
☆一夜城址
☆豊臣秀吉公の像
☆豊国神社
☆入り口
☆墨俣城
通称: 一夜城
城郭構造: 平城
天守構造: なし
築城主: 不明(木下秀吉か)
築城年: 不明(1561年/1566年か)
主な改修者: 伊木忠次
主な城主: 不明(木下秀吉か)
廃城年: 不明
遺構: なし
指定文化財: なし
再建造物: 模擬天守(資料館)
☆墨俣城
築城時期は不明である。長良川西岸の洲股(墨俣)の地は交通上・戦略上の要地で、
戦国時代以前からしばしば合戦の舞台となっていた(墨俣川の戦い)。斎藤氏側で
築いた城は斎藤利為らが城主を務めたが、1561年(永禄4年)5月の織田信長による
美濃侵攻にあたって、または1566年(永禄9年)に木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)
が一夜城を築いたという逸話がある。
現在、墨俣城跡の北西側は一夜城跡として公園に整備されている。公園内には大垣城
の天守を模した墨俣一夜城歴史資料館が建てられているが、史実上の外観とは異なる。
また、公園内にある白鬚神社(式内社荒方神社の説がある)には境内社として模擬天
守閣が築かれたさいに分祀された豊国神社があり、豊臣秀吉が祀られている。
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