墨俣城(一夜城)



墨俣城(一夜城)の歴史を訪ねる。P1000622.JPG


一夜城址
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豊臣秀吉公の像
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豊国神社
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入り口
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墨俣城

通称: 一夜城

城郭構造: 平城

天守構造: なし

築城主: 不明(木下秀吉か)

築城年: 不明(1561年/1566年か)

主な改修者: 伊木忠次

主な城主: 不明(木下秀吉か)

廃城年: 不明

遺構: なし

指定文化財: なし

再建造物: 模擬天守(資料館)



墨俣城

築城時期は不明である。長良川西岸の洲股(墨俣)の地は交通上・戦略上の要地で、

戦国時代以前からしばしば合戦の舞台となっていた(墨俣川の戦い)。斎藤氏側で

築いた城は斎藤利為らが城主を務めたが、1561年(永禄4年)5月の織田信長による

美濃侵攻にあたって、または1566年(永禄9年)に木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)

が一夜城を築いたという逸話がある。

現在、墨俣城跡の北西側は一夜城跡として公園に整備されている。公園内には大垣城

の天守を模した墨俣一夜城歴史資料館が建てられているが、史実上の外観とは異なる。

また、公園内にある白鬚神社(式内社荒方神社の説がある)には境内社として模擬天

守閣が築かれたさいに分祀された豊国神社があり、豊臣秀吉が祀られている。



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posted by oojijisun at 10:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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